天界のセラピストティムシェル

セラピスト・ティムシェルの世間話

好事魔多し

「弁慶の泣き所」という言葉が、頭の中をよぎりました。
 
鎌倉時代の豪傑弁慶由来の言葉で、どんな豪傑にも、泣き所、弱点がある、転じて、「人間の弱点」を示す言葉だったと思います。
 
皆さんの泣き所はなんですか?
 
私は、たぶん、家族、母親なのだと、はっきりと感じる今日この頃です。
 
教職を離れ、天界の活動を始めて、2年。
それまでは、家族のことはそれほど気にもせず、仕事に専念し、自分のことで精いっぱいだった私ですが、この天界のことを始めた途端、母が入院することになったのです。これは、ヒーリング・クライシス(癒しの転機)、浄化の一つのようですが、やせ細っていく母親を見て、胸が張り裂ける思いでした。
 
世間的にはまだ肩身の狭いお一人様を貫いてこの道に進み、天界の遣い人として生きていこうとしているのに、なぜ家族が、こんな目に遭わなければならないのか、正直、天に問うたこともあります。
でも、幸い、大事には至らずにすむことができました。
 
もし、私がそれまでの仕事を続けていたら、休むこともできず、何もできなかったことでしょう。そして、もっと、重篤だったかもしれません。
 
それを思うと、天界のことをやっていたおかげとありがたく思ったものですが、本当に「好事魔多し」。
 
天界学的には、大天使ミカエルとルシフェルが象徴する「善」と「悪」、「聖」と「性(さが)」などといった表裏一体と同様、999の天使とルシファーが対となってどんな人であっても必ず一緒に誕生し、その人が亡くなるまで、その人の状態によって大きくなったり、小さくなったりなどしながらついて回るのだそうですが、この天界のことをやり遂げようとするとき、必ず、天のお試しともいうべく、ルシファーからの邪魔が入ることがわかりました。それは、まさしく、弁慶の泣き所、人間の弱いところをついてくるようです。
 
それでも、動ぜずに、この仕事をやり遂げられるか。
強い意志と覚悟を求められているのだと改めて痛感しました。また、母が再発したことによって・・・。
 
天界のことを仕事とするには、天界からの厳しいお試しは日々ありますが、なかでも、いよいよ!という時、諺にもある「好事魔多し」とその文字通り、魔=ルシファーからのお試しが、私の行動を見ているのでしょう。
 
ルシフェルに力を借り、これからも天にゆだねて邁進しようと決意を新たにしました。