天界のセラピストティムシェル

セラピスト・ティムシェルの世間話

天界のお試し

 

毎日がお試しの日々、

 

今の世の中も、己を優先しがちな人類にこれでもかと、

いわんばかりの状況になっているようです。。

世界は色々な国があるけれど、

中でも、天界から白羽の矢が当たっている日本は、

人間の我欲優先の道から、本当に地球にとって、地球に住むあらゆる存在にとって最善の道に舵を切らなければ、コロナ終息もまだまだ先のことになってしまいそうです。。


招致の際、福島の原発事故の汚染を完全にコントロールすると当時の国のトップの方が断言して取り付けたオリンピックも、まだまだ汚染物質の処理もままならない実態だったり、新型コロナ感染状況が拡がっても、経済活動優先させながら、強行開催スタンスを崩さないオリンピックは、「絆」という言葉を用いて、文字通り、国民を束縛しようとしています。。

でもそんな中、ワクチン接種もままならない状況になっていることは、天界の法則!?からすれば、

地球にやさしい環境をと謳いながら、動物を物のように扱って平気でいる人間達をはじめ、人間中心の驕り高ぶった考えのままでは、オリンピック開催は止めた方が良いという明確なサインのように感じます。。

どんどん悪くなっているような状況に、太平洋戦争末期の状態と同じという声も聞かれるようになりましたが、

太平洋戦争末期、落とされなくても済んだ(チャンスが何度もあった)原子爆弾を二つも!落とされて強制的な大浄化が行われた状態を思い起こします。。

東日本大震災の時には、民主党政権だったため、まだ幸いだったかもしれませんが、今回はどうだかわかりません。。もっと大変な事態にならなければよいなと心から思います。

もし、打算なく、唯一国民の健康最優先で、今すぐオリンピック中止と言えたら、コロナが終息すると、感じるのは私だけでしょうか・・・。。。

打算も下心もなく、すべてのしがらみを捨てて国民の健康と安心安全だけを本当に考えた結果の判断を下すことができたとしたら、案外、条件だらけで無理やり開催のオリンピックよりももっとすばらしいギフトがもたらされるかもしれません~

手放せるかどうか日本は今試されているのかもしれません。。

 

ワクチンを我先に接種しようとする争奪戦の様子も、昨年のマスクや物資を買い占め、店頭を品薄状態にした人々の様子と重なって見えてしまいます。。

そして、自分だけは大丈夫と、コロナに対して(自然に対して)謙虚さに欠ける振る舞いをしていると、精霊達からの手痛いしっぺ返しを容赦なくお見舞いされるかもしれません。。

 

“明日は我が身“と謙虚でありつつ、繰り広げられる状況にひたすら感謝し、動じることなく目の前のやるべきことを淡々とこなす・・・そのように日々ありたいものです。。

 

12日の新月おめでとうございます!

Timshel!

 


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天界の絵本「魔法のおくりもの」

 

 

 

人生はティムシェルだ!

大変ご無沙汰しております。。

早いものでもう5月も半ばに入りました。

11日でティムにゃん、シエルにゃんと出会って2年と7ヵ月目を迎え、月の誕生日としてめでたく推定3歳7か月となりました!

昨日は、変な日で、早朝から電話が鳴って飛び起きたと思ったら、電話など鳴っておらず、ここ最近再び母関連でもせわしく、また霊的アタックもあってか否か、少々調子が優れないことが続き、にゃーにゃーアピールに応えないでいたところ、嫌な予感的中、シエルにゃんのウ〇コころがる(形状と脱糞騒動の現行犯といったらシエルにゃんのため)事態となっており、お掃除からはじまる1日でした。。

 

思えば、以前もこのブログに書かせて頂きましたが、

里親の話が浮上したとき、にゃんこたちと同居するなんて、夢にも思わないほどの、かわいいけれど動物超初心者の猫好きでもない私は、当時悲しくも新たな病が勃発した母という弱みに抗えず、天界のご意向に従わないと、私の場合、たいてい手痛い仕打ちが待っているため、本当に仕方なく(半ば人質とも言える母がもっとひどい状態に陥ることを回避するべく)、苦渋の選択として、天界の師に従って、(相当の覚悟を持って)引き取ることにした、というのが、実情でした。。

しかも、その八か月程前に(やはり、飼うつもりは毛頭なく、勧めで)初めて訪れた保護猫ハウスの、とっても人懐こいにゃんこたちを想像していたら、人馴れしてないほとんど野良ちゃんの、警戒モードで人見知りの強いチョー繊細な成猫にゃんたちで、触ることすらままならないという超過酷な現実が待っていました。。

彼らは私の元では幸せではないのではと、何度くじけそうになったかわかりません。。夢にまで何度も現れ、葛藤しながら、お世話に徹する修行の毎日でした。。

責任感なのか、手放す勇気がなかっただけかもしれませんが、

彼らを看る度、彼らの名前であり、屋号であり、ペンネームでもある、“timshel(ティムシェル)”という魔法の言葉の意味と教えを思い出させてくれ、ピュアで良い子達だけれど、あまり人馴れしない子達だからこそ、天界のセラピスト修業中の私のところに来てくれたんだと気づき、“どんな時も自分次第でやり直すことができる”と、何があっても終生お世話をさせて頂く!と誓い、数々の困難なお試しをなんとか切り抜けて参りました。。

今では、愛する家族であり、また、動物の命の重みについて自分のことのように感じられるようになった大きな変化は精霊達の代表でもある彼らのおかげ様です。。。

 

 

シエルにゃんを捕まえることはいまだに至難の業。。

でも、ここ最近、以前はちゅーる以外は私の手から食べることがなかったどころか、ひどい時にはシャー&猫パンチの応酬をされるしかありませんでしたが、なんと、スナックを私の手からおそるおそる食べてくれるようになったのでした!

また、いつの頃からかカーテンを開け閉めする際にそのそばのお気に入りの場所から離れることが多くなりつつ、戻っておいでと声をかけると、戻ってくることがあり、これも意外でちょっぴりうれしい最近の出来事です。。

相変わらず、何かってーと、左猫パンチの構えをするシエルにゃんですが、ほんとにほんとに少しずつ距離が縮まっている!と信じて、私の言葉がけに目を細める可愛さに多くを望まず、ゆっくりやってこー!と改めて思うのでした。。。

 

ちょうど母の日を境に母を取り巻く状況も変わり出し、

以前に比べて大分母の事もあきらめるようになってきましたが、

さすが、私の最大の弱点^^;、やはりそうは問屋が卸さず、まだまだ、心鍛えられるお試しは続きます(溜息)・・・。

 

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記念日の奇跡のツーショット。

何事も自分次第でいつでもやり直せる「timshel(ティムシェル)」だよね!

ByTim&Shel♡

 

Timshel!

 


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感じる事など

コロナ禍で飲酒が問題になっているようですが、現実逃避をしたいからか、天界につながった恍惚感を無意識に感じたくて、疑似的な体験のできるようなお酒を求めているのかもしれません。。

 

4/22はアースデイだそうですね。。

地球について考える日・・・?

 

昨年からますますそこかしこがよくも悪くも宇宙エネルギーにまみれているようで、

天界学にあるように、宇宙エネルギーあふれスマホに依存し食べ物や地球の精霊の代表であるニャンコや動物、花粉等のアレルギー症状にひどく悩まされているアーススターの方々が実に多いことを目の当たりにしました。

その方々は、仕事の合間も、どんな時もスマホを手放さず、

中には、「都内の電車の中はスマホをいじっている人ばかりだったので驚いた!」と話すその方自身も、ご自身では気づかずにかなりスマホにはまっていて、思わず突っ込みを入れたくなるほど、なんて人もいましたが、

みな、あまり高次元ではない宇宙の存在達にマインドコントロールされ、侵略たくらむ彼らの思うつぼとなっているようです。。

そして、一方では、

他人に対しても思いやりがあって優しい感じなのですが、かわいそうを理由に去勢避妊手術せず、飼っているといいながら、野放しな感じで、ニャンコたちと、窓ガラスも外れたままだったり、部屋がゴミ屋敷だったりするその家で共に暮らし、衣服もにおう・・・というアースエンジェル?系の方の残念な実態も目の当たりにすることがありました。

 

かくいう私も、ティムにゃんとシエルにゃんが来る前は、動物がかわいいけど苦手で、家族になるなんて、夢にも思いませんでしたし、どこか遠い所の話のように感じていたと思います。恥ずかしながら。。

でも、彼らと出会って以来、最近ますます愛情が増し、地球の自然、特に動物に対して自分のことのように感じるようになり、保護以外の目的での繁殖販売はもちろんのこと、展示のための動物園さえ人間のエゴで、動物にとって本当に幸せなのか疑問視するほど視点が変わりました。。

そして、近年過酷な地球環境の意味をかみしめるようになったのも、彼らとの出会いがあったからこそでした。。

ティムにゃんシエルにゃんが来る際には家族に猛反対され、ペット可物件ではなかったことや潔癖のために、自分自身でも相当な葛藤がありましたが、気合で乗り切り、今やニャン子育て生活が当たり前、周りも理解を示し、未だにシエルにゃんからの猫パンチにおびえる部分もありますが、ゆっくりゆっくりと着実に距離を縮めています。。(たぶん)

動物超初心者の私がこんな感じですから、保護にゃんこを飼いたいけれど躊躇されていらっしゃる方がいましたら、必ずなんとかなりますから、ぜひ、一日も早く家族として迎えてさしあげてください。。

 

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はぁ~うめにゃ~♡

天界のA様からのプレゼントちゅーるに夢中のティム&シエル

ありがとうございます♡

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ソーシャルディスタンスに厳しいシエルちゃんも前のめり~

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ちゅーる大好きにゃー♡

 

Timshel!

 


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誕生日

晴天に恵まれた、穏やかな春の日、ちょっとした家具の引っ越しやら片づけやら、母の病院やらとバタバタとしながら、誕生日を迎えました。。

先日、人生で初めて、救急搬送された時には、どうなることかと思いましたが、点滴治療でなんとか復活し、地球でのだまだやるべきことを自覚したのですが、あの時は、ノンストップでいわば爆走中だったため、強制一時休養が必要だったようです。。

症状は身動きできないほどひどかったのですが、体内事情が問題なかったのは、ひとえにうちのにゃんこたちのおかげかもしれません。。

もういいかげん、楽になりたいと心底思ったりもするのですが、まだまだ当分はくたばれそうもありません。。

 

誕生日は、自分の魂の目的や使命を思い出す日でもあるようですが、

まずは、この地上に誕生できた喜びを月誕生日が一緒のティムちゃん&シエルちゃんと分かち合いながら、感謝いたします。。

ちなみに、ティムちゃんとシエルちゃんは今日で3歳半となりました♪

 

 

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相変わらずカメラが苦手なティム坊


 

Timshel!

 


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エイブルアート@山梨

 もう終わってしまったのですが、

山梨県立美術館で、奇しくも、

少しだけ関わらせて頂いたアート展がやっておりました。

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おもしろさとセンスにあふれた感じが魅力的です。

久々にアートな刺激を受けました。

 

開催期間が短くて残念ですね~

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エイブルアートといえば、

 

しばしばアーススターのお子様たちにアートを教えるご縁があったのですが、

大変教えがいがあるというか、ミレーの「種をまく人」のまく種が一人一人の資質や才能だとしたら、その種にほんの少し、表現材料や手立ての工夫を試みただけで、本当に素晴らしい花や実を成らしたという感じで、その表現の奇をてらわない素直で伸び伸びとしていること、そして何より表現者の生き生きした姿に感動しました。。

 

Timshel!

 


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天界の絵本「魔法のおくりもの」

 

 

 

種をまく人のまく種は蕎麦か、やっぱり麦か

ところで、

「種をまく人」のまいている種について、

昔は麦という解釈だったそうですが、

今は、蕎麦という解釈がされているようです。。

が、

前回記事の絵の解釈でいくと、

人間にリアリティーを感じるボストン美術館の「種をまく人」の方は、不毛そうな傾斜地の厳しい自然のなかで、貧しくも逞しく生きる農民のありのままの姿を描いた写実主義的表現ととらえると、まいている種は、蕎麦なのでしょう。

そして、二作目と言われる山梨県立美術館の「種をまく人」は、リアルな人間よりも天界のジーザスの種まきの天界の教えを象徴しているかのような作風で、その暗喩的な表現が、ボストンよりも奥深さを感じる、ととらえると、実際のモデルは蕎麦なのかもしれませんが、やはり、「麦」を表している気もします。。

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山梨県立美術館所蔵「種をまく人」1850年

新約聖書マタイの福音書種まきの例えに続く後の節で出てくる麦と毒麦の例え話にあるように、天界からのメッセージのメタファーだとすれば、このミレーが描いた「種をまく人」のまく種は、麦なのかもしれません。。

 

新約聖書マタイによる福音書13章24~30節

また、ほかの譬(たとえ)を彼らに示して言われた。「天国は良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。

人々が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。

芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。

僕(しもべ)たちがきて、家の主人に言った。『ご主人様、畑におまきになったのは、良い種ではありませんでしたか。どうして毒麦がはえてきたのですか』。

主人は言った。『それは敵のしわざだ』。すると僕(しもべ)たちが言った『では行って、それを抜き集めましょうか』。

彼は言った。『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。

収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。

出典 国際ギデオン協会新約聖書より

 

収穫まで待って、収穫時に束にして焼くとは、この新約聖書では、「収穫」とはこの世の終わり(end of the age)と言っていますが、

私の印象では、死ぬ時まで待って、死後地獄で焼かれるという感じで少々怖いですね。。

死んで自ら魂が思い出すまでそのままにしておくという配慮は、天界的かもしれませんが。。

ここで出てくる「毒麦」は、Weeds(雑草)の英和訳で、麦(小麦Wheat)の育成を妨げるものということかとも取れるのですが、

この新約聖書では、この後の節で、「毒麦」は、悪い者(evil)の子であり、「敵」は、悪魔(devil)とジーザスが言っているのですが、

天界の見解としては、

「敵」とは、実はルシファーで、麦(良い地に蒔かれた種が実った人間の象徴?)の周りには麦の成長を妨げる「毒麦」の象徴である雑草が生え、常にルシファーの誘惑のお試しがあり、麦は収穫(天界に帰る)まで油断ができない。

どんな時も、天界への道を踏み外さないように謙虚に生きなさいと、言われているようです。。

また、誘惑のお試しの象徴である毒麦も必要悪という大事な天界のミッションがあるのかもしれません。。

 

 ちなみに、ミレーがサロンに出して賛否両論を得た作品は山梨県立美術館の「種をまく人」である可能性が高いそうです。。

もしそうなら、当時のフランスの格差ありすぎる社会情勢の中で、

絵画「種をまく人」は、

天界の真実を鑑賞者に訴え続けながら、その本質を理解できる者を探していたかもしれません。。

そして、ついに、天界に期待される国日本、山梨にやってきたと考えると、

ずいぶんドラマチックでミステリアスな奇跡と言えるでしょうか。。

 

Timshel!

 

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地元の若手彫刻家須田悦弘氏も常設のミレーの「種をまく人」の絵の傍ら足元に、さりげなく蒔かれた種から芽を出したかのように蕎麦と麦の植物の彫刻作品を佇ませ、ミレーの作品に敬意を払っているかのようでした。。知る人ぞ知るアート。。

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今年1月末までやっていた、地元の作家栗田宏一氏と須田悦弘氏二人のユニークな特別展

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須田氏の彫刻

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栗田氏の土コレクションインスタレーション


 

 

 

 


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天界は身近に

所用で再訪した山梨県立美術館所蔵の目玉ジャン・フランソワ・ミレーの「種をまく人」は、改めて奥が深い作品であることに気づきました。。

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ミレーの常設展開催中

山梨県立美術館は近代美術館として1978年の文化の日に開館したそうですが、私が物心ついたころ、父に初めて連れて行ってもらって以来、別世界のような特別なとっておきの場所としてとても魅力を感じていました。

学生の頃は、クールベなど写実主義や美術館所蔵のコローやドービニーなどを意識して油彩で風景画を試みたり、

学芸員資格を取るために、東京の王子の紙の博物館とともに博物館実習生としてお世話になった美術館でした。

その頃すでに山梨県立美術館は、山梨県の公立学校の美術の教員が学芸員として勤められるとのことで、今でもそうとのことで改めてうらやましい限りです。。

が、なぜ、ミレーなどバルビゾン派という大変地味な作品をメインにコレクションしているのか正直魅力がわかりませんでした。

大都市パリ近郊の、フォンテヌブローの森に隣接しているバルビゾン村に、同じく大都市東京の隣の自然多き山梨を重ね、葡萄の産地でもあるフランスとの共通点を見出したからだったのか。。

もしや山梨が不毛な土地が多く米じゃなくて「麦(小麦Wheat)」栽培で聖書とミレーの代表作「種をまく人」との奥深いつながりに山梨も共通すると思ったからでしょうか??!

いずれにしても、大変信心深かったミレーが、フランスの農民たちの種をまく姿にジーザスが例えた種まきの教訓を重ねて?感銘を受け、「種をまく人」を描いたということ、

その種まきの例え話は、天界からのメッセージであったこと、

そして、ミレーが、また、彼の作品を通して山梨県立美術館が、いや、山梨が?!天界の最高峰のマスターであるイエス・キリストと、天界と、深いつながりがあったなんて、

なんと灯台下暗しだったのでしょう。。

 

「見ているが見ていない」というジーザスの言葉が刺さります。。

ほんとに、何十年も前から見ていた絵だったのに、今になって気づくとは。。

興味と関心の有無もあるでしょうが、やはり、ようやく天界の真実を知ることを、聖書のジーザスいわく、少しは「許して」もらえるようになってきたということでしょうか。。改めて大いなる気づきを心より感謝いたします!

 

 新約聖書マタイによる福音書13章1~23節

ジーザスによる種まきの例え話(出典 国際ギデオン協会新約聖書)は、

下記アメブロ記事↓↓↓

ameblo.jp

に掲載させて頂きましたが、

天界の視点からの本当の意味は、

 

ジーザスが弟子たちの問いに答えて)

「天界のことに気づいたあなたがたには、天界の真実を知ることが許されているが、そうではない人たちには(理解するにはまだ難しく)許されていない。

大方、天界に気づいた人は天界から降り注がれる最高最善のメッセージを受け取ることができて魂は満たされるが、天界に気づかない、あるいは気づく気持ちのない人は、本来誰もが持っている、天界の真実を見る目は閉じられ、天界からの最高最善の導きを受け取る能力も退化してしまうだろう。

だからそのような天界の真実をダイレクトに伝えてもピンとこない人々には身近な例えで語るのである。

彼らは(イザヤの預言のように)、見ても(本当のことを)見ず、聞いても(本当のことを)聞かず、天界のサインに気づいて本当の意味が身をもってわからないからである。

こうして預言者イザヤの預言は、天界の大いなる計画のもとに、彼らが成し遂げたのである。

ジーザスは、旧約聖書イザヤ書のイザヤの言葉を引用していわく)

『あなたがたは聞くには聞くが、決して気づいて悟らない。見るには見るが、決して認識しない。この民の魂は曇り、天界の言葉が聞こえにくく、天界の目は閉じている。それは、彼らが天界の目で見ず、天界の耳で聞かず、天界の心で悟らず、自らを内観して気づき解放し癒されることがないためである』。

しかし、天界を知り、感謝を持って謙虚に生きるあなたがたの天界の目は開き、天界の耳が開いているので幸いである。

そのあなたがたによく言っておく。多くの精神世界に通ずるスピリチュアリストや正義を重んじる善良な人は、あなたがたの見ている天界の視点からの世界を見ようと熱心に願ってもなかなか見えず、またあなた方の聞いている天界からの最高最善のメッセージを聞こうとしても聞けない。

そこで、種まきの例えを聞きなさい。

誰でも、天界のサインに気づかず目先のことばかりに囚われていると、(思うつぼの)ルシファーが来て、その人の天界の資質(種)を奪いとってしまう。

道ばたにまかれ鳥に食べられたものというのは、そういう人のことである。

土の薄い石地にまかれたものというのは、天界の言葉を聞くと、すぐに喜んで受容する人のことである。

石に根を下ろせないように、根づいていないので、しばらく天界を信じ受け入れても、天界の最高最善の助言が自分にとって心地のよくないものや、天界からの手荒なお試しがあると、すぐつまずいてしまう。

また、いばらの中にまかれたものとは、天界の言葉を聞くけれど、その前途で、世間体と富の誘惑に勝てず、いばら(誘惑)にふさがれて実を結ばなくなる人のことである。

また、良い地にまかれたものとは、天界の言葉に謙虚に耳を傾け悟る人のことであって、そういう人が実を結び、(自分の心がけ次第で)百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。

 

 

つまり、

私たち人間誰しもが本来持っている天界の真実を知る資質である「種」は、

自分の意志次第でどのような場所にも着地できる。

種の着地した場所は、同じ資質を活かせた人とそうではない人のメタファーではないでしょうか。。

私たちは常に試されているんですね。。

 

ミレーは、他にも、「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」などよく描いたテーマがあったそうですが、ジーザスが人間を導く天界の最高峰のマスターであることを知っていて、天界の真実に気づいていた人だったのでしょう。。素晴らしい。。

ミレーの描く天界のメッセージがちりばめられた絵の、本当の魅力を改めて知りました。。

 

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天界のメッセージがちりばめられたミレーの傑作「種をまく人」山梨県立美術館蔵

「種をまく人」の種は、天界の本当の意味は、人間の資質、天界から生まれた誰もが持つ天界の資質なのだと感じます。

誰しも、天界の心を持ち(もつ権利があっても使う、使えるかは自由)天界を知る権利、天界を目指せる資質を持っていると言えましょう。

だから、種をまく人は、天界であり、

天界の下ではすべて等しく、

等しく資質を持った人間たちは、

自分の自由意志でその天界の資質を活かすことも無にすることもできる。

となれば、誰しも、良い地にまかれた種になりたいですよね。。願わくば私も。。

 

そして作者ミレー自身も、もちろん、「良い地にまかれた種」だった、

あるいはそうなりたいと願った天界の遣い人だったのかもしれません。。

 

ミレーの種をまく人の絵はボストン美術館にもありますが、

最初に描かれたのがボストンに、そして二作目が山梨だそうです。

この違いに構図が挙げられていたりしますが、

恐れながら、私が感じるのは、一作目は、種をまく人の人間自体を描いたようで、

二度目に描かれたものは、種をまく人のまく種、まかれる種にメインを換え、種をまく人間は畑に同化し、むしろ、その個性をなくし、自我をもなくした天界の一部となったメタファー、象徴化した悟りの絵となった感じがします。

そうなるとかなり深い・・・ですね・・・。

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天界からのメッセージはいかに私たちの日常にちりばめられているか、

天界はかくも身近に存在し、無償の愛を降り注いでいます。

そのことにどれだけ気づき悟ることができるかは私たち人間次第であると、

このミレーの「種をまく人」は、見る人にずっと訴えかけていたんですねー。。

まさに「天界は畑の中」にある・・・

 

でも、その本当の意味に気づき、珠玉の作品と心から感じる方は、そう多くはないかもしれません。。

天界の真実に気づかれた、ライトワーカーの方々は、ぜひ、よかったら、山梨へお越しの際に、ミレーの「種をまく人」を観てみてください。。

 

Timshel!

 


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