天界のセラピストティムシェル

セラピスト・ティムシェルの世間話

青森のとある神様の話

先日、某番組で、あるSF作家が、テレビに出る霊能者は、やらせや作り話であることがわかったと残念がっていたのを見て、ふと、血迷って訪れた青森での出来事を思い出しました。
 
最近、再び、テレビに出演され始め、以前より華やかな感じになった霊能者K氏。
 
何年も前に、某テレビ番組に出られたとき、いかにも、感じの良い霊能者の体(てい)で人気を博していたその方に、そのころ、行き詰っていた私は、そんなに良いなら、ぜひ見ていただきたいと、ほどなく知ったその方の連絡先にだめもとでアタックし、千載一遇のチャンスのごとく偶然ご本人との接触に成功して、はるばる恐山のふもとまで、赴いたのです。
 
長ーい長ーい道中の、ローカルな電車内で、なぜ今こんなところで!?と思うほど堂々と、教員アイテムを出して仕事をしている男性と、不機嫌そうにしているその妻らしき方と居合わせ、胸騒ぎを感じていると、行く先々一緒なので、まさか!の予感的中、同じ目的であることがわかりました。
 
 
そこへ行くには、みなタクシーを使い「○○の神様」というと連れて行ってもらえました。
この通称の由来は別にあるようですが、おそらく実際に、タクシーをはじめ、この町にとって、K氏の存在は、一大観光スポット的なまさしく救いの「神様」なんだなーと感じました。
そういえば、連絡先は、地元の自治体のどこかが教えてくれたと思います。
 
 
予約の時間になっても長時間待たされ、辛抱しながら待っていると、先の不機嫌いっぱいの表情を浮かべた女性と教員夫婦がものの数分くらいで出てきました。
 
私の順番は、その夫婦の直後だったか忘れましたが、その夫婦の後だったことは間違いなく、短すぎるなーと感じながら、その扉の奥へ入っていくと、大祭壇に巫女のような姿をしたK氏がまるで、テレビで見た優しい顔とは別人の、無表情で座っておりました。そして、丁重に差し出したお礼(料金設定全く不明)と進物を受け取ると、これは、祈祷料?(お布施?)と供物?としていただき、神にささげるというようなことをわざわざ宣言しておられましたが、今、思えば、税金対策だったかなーとも思います。
 
そして、その方は、自分が神様からの言葉を伝える預言者である的なことを言っておりました。
しかしながら、始まるや否や、何かが気に入らなかったのか、虫の居所がよくなかったのか、どうも前の人が、教員だったことに起因しているのか、あなたも教員?と聞かれ、そうとわかると、急に、教員の悪口になり、自分の子どもが教員にいじめられた話をとうとうと聞かされ、言っていることがよくわかりませんでしたが、どうやらご自身の経験を話され、最後にあなたも同じ(?)何も勉強していないと一蹴されて終わってしまったので、なんとか、自分の聞きたいこと(予約時に告げた質問は当日変えてはいけないということでしたが、その質問の答えさえ聞けずに終わりそうでした。)を伺おうと恐る恐る、勇気を出して粘ると、正気に戻られたかのように、少し穏やかになり、ほんの1分か数十秒程度、ようやく本題に入れ、トータル確か5分ほどであっけなく終わってしまったことを覚えています。 
はるばる二日かけてやってきたのに、何だったんだろう・・・と、しばらく、ショック状態から抜け出せませんでした。
広い敷地に置かれた真新しい石碑の「気づき?」の文字がひどく冷たく感じたことが印象に残っています。
 
でも、当時はただ言われるままに、K氏も、こうして頼ってくる人をきっと、甘えているとか、苦々しく思っているから、あんな恐ろしい形相で、怒られたのかしら??とか、吟味したはずのお礼が足りなかったのかなーとも反省し、自分を責め続けていましたが、後からちょっとばかり、私に愚痴を言いたかったのかしら??と同情してみたりもしたことを思い出しました。
 
それにしても、今思えば、残念ながら、動物霊的なものに憑依されていたのではないかなと強く感じます。
天界の師によると、前世で、私が踏んづけてしまった蛇かも!?・・・とのことです・・・まさか・・・^^;
 
スピリチュアリストとして、私自身も常に、気をつけなければならないことですが、チャネリングする世界(次元)を誤ると、まったく違う見解、預言になってしまうんですねー。
 
今は、はっきりと、その方が、残念ながら、高次元ではない、もちろん天界でもない世界につながって、それを神の御言葉と言っていたであろうことがわかります。
 
高次元ならば、八つ当たり的な、けなすような、そんなひどいことは言わないはずですし・・・。
 
奇しくも、帰りの電車に乗り合わせた母娘が話していたK氏から言われた内容が、私が言われた(教員の話以外の)厳しい話と同じだということがわかり、私だけではなかった安堵感を覚えたことも思い出します。
 
あの母娘もさぞ傷ついたことでしょう。
 
当時のことは、後学のために、苦々しくも良い経験となったと思っていますが、
皆さんは、どうぞ、どうぞ、お気をつけください。
 
完全に、エンターテインメントとして、行くなら、良いかもしれません。
でも、真剣に悩んでいる人だったらどうでしょう・・・・。
 
「泣き面に蜂」というべきか、人は弱わっているとますますルシファーのいたずらに引っかかってしまうのかもしれません。
 
 
そして、テレビでいくら素晴らしいと絶賛されていても、鵜呑みにしてはいけません。
 
芸能関係者に見せる顔と、一般人に見せる顔(あるいは、権力者や名声を得られる相手と、そうではない弱者に見せる顔)は全く異なり、また、メディアが良いように作り上げている可能性が高いということです。
 
そして、何より、高次元にはつながっていない場合が多いということです。
 
 恐るべし、テレビトリック・・・。
 
 
 
恐山は、まだ開山していませんでしたが、帰りに、会津南部藩の不毛な開拓地と、本拠地に赴き、人っ子一人いない、赤塗のさびれた建物の周辺を飛び交うカラスを見ながら、もう二度と来ることはないであろうこの地へ別れを告げ、八戸の荒ぶる波しぶきと潮風で浄め帰京の途につきました。